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無職の行動記録について

無職の雑文です @yasutsura

天才に「最低限」必要なモノなどについて

先日、芦田愛菜が一日12時間勉強して名門私立中学に合格した、なんてニュースがありましたね。

10歳そこそこでそんな長時間勉強できるって本当に凄いことだし何より親御さんが、どんな言葉をかけ、どんな環境を与えてこられたのかが気になるところ。

案外、子役としてTVや映画の厳しい製作環境に適応してきたのだから12時間程度の勉強なんて屁でもなかったのかもしれませんね。

才気煥発な元天才子役とは対照的な、私こと自堕落な無職でございますが、最近はしたいことも特に無いので、とりあえず昔少しだけ囓った資格試験の勉強に手をつけたりしています。

小学生のクソガキができるなら自分も、と12時間机に囓りついてみようとしましたがダメでした。

元来、集中力が無く、大学受験の時ですら自ら設定した自習時間を守ることができず2時間程度が限界だったような気がします。

すぐ気が散るし、横にゴロ寝したくなるし。

そんな私ですが一昨日は4時間図書館に籠り、昨日は7時間図書館に籠り、自宅で30分机に向かうことができました!!!

人に誇れる内容じゃないけど。

一日12時間机に向かって勉強ができるっていうのは本当にそれだけで物凄い才能だと思います。

もちろん本人の資質あってこそですが、それができる環境も大事ですよね。

私も一日12時間机に向かおうと思ってみたものの、国保の切り替えで市役所に行ったり、雇用手当でハロワに行ったり、挙句に元職場から呼び出しがかかったりと無職のくせに雑事で日が暮れることもあります。

12時間勉強するためには特に環境面での親御さんのサポートが欠かせませんよね。

勉強とは変わりますが、元レッチリのギタリストのジョン・フルシアンテのインタビューを昔読んだ時以下のようなことを語っていました。
「15歳くらいの時は12〜15時間ギターを弾いていたね。一日30曲は作っていたかな(意訳)」

ANIMETALのメンバーで日本トップクラスの技術を持つメタル系ベーシスト、MASAKI氏は著書で以下のように語っています。
「筆者は楽器を始めた高校生の頃から、常にこれだけは負けないという何かを持ったプレイヤーを目指して練習してきた。(中略)当時1日に8〜10時間は練習していたね。」
(株リットーミュージック 地獄のメカニカルトレーニングフレーズ 著 MASAKI 2006年刊行 より引用)

「天才」と呼ばれ、世の中に名を馳せるような人は全て、その分野において若い内から1日12時間、いや、それ以上の努力を続けているのでしょう。

それが「最低限」必要な努力なのだと思います。

当然、「昨日15時間やったから今日はやんなくていっか」なんて低い志は持っていません。

「彼ら」は何を見て、何処を目指して、どんな気持ちで今日も励み続けるのでしょう。

無欲で無気力な無職には到底理解しかねる領域で歩み続けるのだと思います。

音楽がもたらす一体感と、個別性と

とあるDJイベントに来た。

薄暗く狭いフロアは、ミラーボールがひっそりと照らす。

大音量で音楽がかかり、重低音は内臓にまで響いてくる。

参集者は思い思いの格好で思い思いに過ごす。

DJブースが設置されるスペースはバックスクリーンにめくるめく変化する映像が流れている。

DJは自ら聴きながら、楽しみ、楽しませる。

呼応する者たちは曲に、映像に合わせて思いの儘体を動かし、サイリウムを振り、叫ぶ。

バーカウンターで座って酒を飲んでいても好きな曲がかかれば叫び、前に出て踊る。

好みではない曲では酒を飲み、雑談し、スマホゲームに勤しむようだ。

共感できる音楽があれば、共感を示し、共有する。

歌う、踊る、叫ぶ、打つ(ヲタ芸を)。

そんな風に思えた。

ここに来た参集者達は「共有」したいんだな、と思った。

自分達の好きな曲を、自分達のノリで、自分達の感覚で。

私の敬愛するsyrup16g五十嵐隆氏はあるインタヴューで以下のようなことを語っていた。

「俺、オーディエンスって言葉が大嫌いで、聞く人を一緒くたにしてる感じがして。一人一人に届けたいっていうか」(意訳、記憶違いなら申し訳ない)

音楽の捉え方は二種類あるのだと思う。

聴いた全員が同じ感覚、感情を共有する。

聴いた一人一人に全く違う感じ方を想起させる。

観客全員が同じように盛り上がり、コールを揃えるような音楽の楽しみ方は私は少し苦手かもしれない。

幾通りにもとれるような曖昧で抽象的な詞に想いを馳せるのも嫌いではない。

どちらにしたって音楽はいいものだ。

てかああいうイベント主催したりDJで盛り上げたりするコミュ力が羨ましいってだけ。

道端に、ストラテラが捨とられてら

恐ろしく強引な力技のような駄洒落になってしまった。

駄洒落にはとにかく瞬発力と柔軟性が必要だと思う。

私の知っているなかで世界一頭がいい人物は飲み会になると、テンポの良い会話の中でポンポンポンと駄洒落を連発して大爆笑の大渦潮を作り出す。

「いや〜、最近の子供は共働きなもんだから学校から帰ってきて一人でご飯食べるのが普通になってきてますよね、コンビニ弁当買って食べたりして。お袋の味ならぬ『袋の味』なんてね、ハハハ」などと、文章に起こすと非常に味気ないが、現場だと軽妙なトークで参加者を飽きさせることがない。

駄洒落が得意な人物は間違いなく頭の回転が早く、優秀で仕事ができる人間だと思う。

対照的に、頭の回転が悪く仕事のできない人間がお世話になりがちな薬の一つがストラテラではないだろうか。

私自身、ADHDだと確定しているわけではないのだが、2名の医師からストラテラを処方していただいた。

1度目は数年前、市内でも評判のヤブ医者からストラテラ10mgを朝一錠飲むように、と処方された。

ADHDとネット検索すれば1秒かからず表示される諸症状をツラツラと述べるだけで簡単に処方してくれた。

実際、諸症状に心当たりがあったからツラツラと述べたのだが。

飲んだ感想は、「これ意味あんのかなあ?」。

頭がハッキリしたり、スッキリしたりということは全くなく、以前と変わらぬ吐き気だけが続く。

処方時に医師から説明があったように、吐き気はあるもののゆっくり時間かけて効いていくのだそうだ。

一月経っても何も変わらなかったし、仕事を辞めることになり吐き気もなくなってスッキリしたので、1度目の精神科の診療所は予約をバックれて行くのを辞めた。10mgじゃ飲んでも飲まんでも変わりゃしねえ。

ヤブ医者だし。そう判断した。

ネットだと数十〜数百mgのストラテラを処方されているかたもいらっしゃるようだったので、10mgばっかり処方されてても意味ねぇわと思った。

2度目のストラテラの処方は先週。新しく受診した診療所で40mgを処方していただいた。

再就職後の仕事も辛くなって吐き気が止まらず、思考力低下も自覚していたため精神科に頼らざるを得なかった。

2度目の先生は簡単なADHDチェックシートの記入を求めてきた。

ネット上でもよく見るタイプの「大人のためのADHDチェック」のようなタイトルだったと思う。

「あてはまる」「大いにあてはまる」の欄に堂々とチェックを入れて返却すると、割とあっさりとストラテラ40mgの処方が決まった。

チェックシートを一瞥した先生から「一応薬飲んでみますか、ストラテラっていって吐き気もあるんだけど…」

と説明が始まった時、内心、

「オッ!ストラテラやんけ!今度は何mgかなぁ〜」

と少しワクワクしたものだった。

実際には初処方のように説明を聞いていたし、猫を被った態度でいた。

正確にいうと、被っていたのはユニクロのマフラーだった。

まずは2週間、ストラテラ40mgの服用が始まった。

現在8日目を迎える。

感想は、「これ意味あんのかなあ?」だ。

まずとにかく、ストラテラはじっくり吐き気と付き合っていく薬なのだとどっかのブログでも読んだ。

毎朝食べた朝食を5分後にオートリバースするのは変わっていない。

今朝に至っては空っぽの胃から胃液までリバースしてしまった。

ポケモンなら対戦相手の特性を無効化できるが、家庭用TOTO便器に無効化できる特性はあるのだろうか。

次の診察日は、覚えたての胃液を医者に浴びせて特性を無効化させてやろう。

僕は明日、去年の僕と無職になる

厳冬を耐え忍び、ついに掴み取った

1年ぶり2回目の栄光。

甲子園出場校の紹介ではなく、会社を退職するだけの話。

新卒から3年やった金融機関で吐き気から始まり対人恐怖症のようになり、診療科に通いつつ全てを投げ出す形で退職。

2ヶ月後、事務系ならイケるやろとあっさり再就職した先でミス連発からの納期遅延やらかしまくり始末書まで書き、比喩ではなく、毎日毎日上司からの叱責が続き根を上げてしまった(上司の方が)。

叱責する方が体力も使うし頭も疲れるのは自明の理。

自分はといえば、自宅で再び、あの吐き気と対人恐怖症が「よぉ久しぶり」といつの日からか親しげに接し始めた。

気づいたら、毎朝必ず出勤前には便器を抱え込み喉奥に人差し指を突っ込んで5分前に食べたパンとコーヒーと少しのフルーツを全て吐き戻す。そうしないとムカムカして気分が悪く、いつ嘔吐するか気になりっぱなしだった。

いつしか便器の中にブチ撒けたオレンジ色の吐瀉物が「行ってらっしゃい、気をつけて」と毎朝見送ってくるようにすら思えてきた。

だが「行ってらっしゃい」はコッチの台詞だと思いつつ便器のコルクを捻り、つい10分前まで焼きたてのトーストと温かいコーヒーだったゲル状物体を下水道へと見送った。

それがここ数カ月の出勤時の日課となっていた。

自分は社会人としては間違いなく最底辺の部類に位置する。

何の努力もせずにその場その場でただ、働かなければならないという意識だけで職についていたし、無能で仕事は全くできなかった。

仕事に支障が出るレベルで話が通じない、指示が抜け落ちるなどの真の「コミュニケーション障害」といってもいいと思う。

そんなこんなで働くこと、社会に出ることがすっかり怖くなり現在は、心療内科ドグマチールストラテラを処方してもらうことだけが唯一の救いとなっている。

はっきりとした診断は出ていないが、ADHDの疑いありそうだし。

そのうち心理検査があるとのことだ。

キチンと自分が定型なのか不定型なのか診断してくれるのはありがたいと思うしある意味楽しみでもある。

今宵は正社員として、真っ当な社会人として最後の夜になるのだろうか。

ハイボールがお好きでしょ

いつか会社の飲み会の二次会で飲んだハイボールが自分史上最高に美味しくて忘れられない。

とんでもない下戸に加え、とんでもないコミュ障のおかげで酒席という酒席は蛇蝎の如く憎悪の対象でしかない自分だが、あのハイボールは本当に美味しかった。

味、コク、香り、キレ、苦味、美味み、酒の知識も飲み方も何もわからない自分だがとにかく全てがPERFECTで全てがうまかった。

その日はちょうど仕事でのミスが多発していた時期で、飲み会当日もいろいろやらかしていたため、気持ちが滅入りに滅入っていた。

自分の役目が全てが終わった二次会での一杯であったからこそ優しく染み入ってより美味く感じられたのかもしれない。

外での酒席が本当に苦手だがたま〜に気が向くと自分で酒を買って自室でこっそり飲んでいたりする。

誰かと飲まず、独りでこっそり飲むというのはアル中の行動パターンらしいのであまり習慣づけてはいけないのだが。

今回はトリスの小瓶とペプシのゼロでコークハイのようなものを作ってみる。

コーラを入れている時点であの店のハイボールには遠く及ばない。

テレビCMでもよく流れているくらいなので、酒に詳しくない自分でもハイボールの材料は知っている。ウイスキーとソーダ。ソーダの代わりにコーラを入れたらコークハイなはずだ。

トリスは店頭で一番安かったので買ってみたがどうせ味音痴なのでウイスキーの違いなどわからない。

そこら辺に転がっていた紙コップを拾い上げ、底1/4ほどにトリスを注ぎ、上から乱暴にコーラを勢いよく注いだ。炭酸の泡が縁からあふれそうになった。

口を付けると、アルコールの強さに一気に頭がぼやけてきた。同時に頬が熱く染まっていくのがわかる。酒を飲んだ時はいつもそうだ。そこからの記憶は全てあやふやになる。

コーラの炭酸と甘みの中にウイスキーの苦味が確かに存在する。

胸を、肋骨の一本一本を焦がすようなアルコールの熱が胸部に広がっていく。

熱は頭に登っていき、思考を鈍化させる。

腕や体の動きも鈍っていくから脳自体を鈍化させているのだろう。

腕の動きも鈍化してはいたが、紙コップを口元に持っていくことは忘れていなかった。

脳の鈍化は体全体に広がっていく。

コーラで割っているとはいえさすがに度数37%はキツイ。

気づくと上半身は絨毯の上に寝転がり、しゃっくりがとまらなくなっている。

これは独りで家で飲んでいるからこその利点だ。

どんな粗相をしても怒られない。やりたい放題。

お手製コークハイを三度口に持っていく。

半分以上が口元からこぼれた。

全身の筋肉の何から何まで覚束ない。

あの店のハイボールには程遠い。

だが酔うだけならば手製のお粗末なコークハイで充分だ。

……そういや箱買いしてた三ツ矢サイダーがあったな。

三ツ矢で割って今日は〆ようかな。

トリスでもペプシストロングでも三ツ矢でも追いつかないあの店のハイボール

コミュ障故、もう行くことは無いだろうけど、味はしっかりと覚えている。

あの店のハイボール、いつか自己流で追いつけたらいいな、なんて。

マネーいくらでも

青森市第三セクターが経営していた駅ビル、アウガ

今月一杯で1階〜4階までの商業テナントは全て撤退し、地下の市場と駐車場、5階から上の図書館に会議室やら何やらは存続の予定だとか。

撤退するテナントの一つに「ヴィレッジヴァンガード」がある。

他テナントはサンロードに移転します、〇〇移転予定です引き続きご愛顧のほど、などのお知らせの貼紙があるが、ヴィレヴァンについては移転予定無く完全閉店するとのことらしい。

青森駅前で好きな店といったらヴィレヴァン以外に思い浮かばなかった。

しかし、好きとか書くクセに此処で物を買った記憶はほとんど無い。

いや、興味本位で買ったデスソースがあったか……

ん?待て待て、あれはイオン下田のヴィレヴァンで買った気がする。

ヴィレヴァンなんて弘前でも下田でもどこにでもあるからアウガから撤退しても誰も困らないのかもしれない。

一目でヴィレヴァンだとわからせるポップや商品、配置のセンスが好きなので見かけるとついつい用は無くても入ってしまう。

カッコイイ雑貨や音楽CDもたくさん置いてあってヴィレヴァンで初めて知って気になったアーティストもたくさんいる。

流行に疎い方なので能面をつけて活動してたfactや→pia-no-jac←ヴィレヴァンの店頭でCDが置かれてて結構有名なバンドなんだと知った(バンドの存在は彼女がプレイしてたjubeatで知った)

地元でやってる仕事が嫌でたまらなくて吐き気を催したりすると、決まってどんな仕事なら勤まりそうか妄想に耽ったりしていたものだった。今もだけど。

決まって有力候補に上がって来るのはヴィレヴァンのバイトだった。

ポップの書き方で年下の先輩に何度もダメ出しされるんだろうなぁ、でも面白そうなものに囲まれて仕事できるのなら続けられそうかなぁ、なんて淡く薄っぺらい妄想に浸っていたものだった。

「バイトしながら一人暮らしなんて無理に決まってるじゃん」とは彼女の言。

今のご時世、時給いくらのフリーターが借りれるアパートなど存在しない。

実家暮らしの一人っ子でお坊っちゃま育ちの自分はあまりにも「社会」を知らな過ぎた。

テナントでもアパートでも 金払わなきゃ居続けられない。

自分が此処に居なくても誰も困らないから。

NEETと求職者のあいだ

ニートイギリス英語Not in Education, Employment or Training, NEET)とは、就学就労職業訓練のいずれも行っていないことを意味する用語である。日本では、15〜34歳までの非労働力人口のうち通学・家事を行っていない者を指しており、「若年無業者」と呼称している(from Wikipediaニート」[https://ja.m.wikipedia.org/wiki/ニート])。

新卒で入った金融機関を辞めた直後の4月、自分はニートだった。自分はニートである、という自覚を持って日々を過ごしていた。

その期間何をしていたかというと、ハロワに通って求人を見たり、窓口で就職支援の相談にのってもらったりしていた。

決して働きたいわけではなかった。

失業手当が欲しかっただけだ。

ハロワに行って求職活動をしなければ失業手当の受給資格が無かったからそうせざるを得なかった。

働きたくない。就労したくない。

それでも「求職者」として居続けられる。

見た目は「求職者」、頭脳は「ニート」。

ニートかどうかなんて気の持ちよう次第でしかないな、なんて思っていた。

そうしてハロワに通っているうちに求職活動の一環で適当に受けた会社の面接を突破し、あっさり再就職。

名実ともにニートでは無くなった。

そして8ヶ月後の現在。





仕事できなさすぎてクビ。

再び無職の春を迎えようとしている。