無職の行動記録について

無職の雑文です @yasutsura

音楽がもたらす一体感と、個別性と

とあるDJイベントに来た。

薄暗く狭いフロアは、ミラーボールがひっそりと照らす。

大音量で音楽がかかり、重低音は内臓にまで響いてくる。

参集者は思い思いの格好で思い思いに過ごす。

DJブースが設置されるスペースはバックスクリーンにめくるめく変化する映像が流れている。

DJは自ら聴きながら、楽しみ、楽しませる。

呼応する者たちは曲に、映像に合わせて思いの儘体を動かし、サイリウムを振り、叫ぶ。

バーカウンターで座って酒を飲んでいても好きな曲がかかれば叫び、前に出て踊る。

好みではない曲では酒を飲み、雑談し、スマホゲームに勤しむようだ。

共感できる音楽があれば、共感を示し、共有する。

歌う、踊る、叫ぶ、打つ(ヲタ芸を)。

そんな風に思えた。

ここに来た参集者達は「共有」したいんだな、と思った。

自分達の好きな曲を、自分達のノリで、自分達の感覚で。

私の敬愛するsyrup16g五十嵐隆氏はあるインタヴューで以下のようなことを語っていた。

「俺、オーディエンスって言葉が大嫌いで、聞く人を一緒くたにしてる感じがして。一人一人に届けたいっていうか」(意訳、記憶違いなら申し訳ない)

音楽の捉え方は二種類あるのだと思う。

聴いた全員が同じ感覚、感情を共有する。

聴いた一人一人に全く違う感じ方を想起させる。

観客全員が同じように盛り上がり、コールを揃えるような音楽の楽しみ方は私は少し苦手かもしれない。

幾通りにもとれるような曖昧で抽象的な詞に想いを馳せるのも嫌いではない。

どちらにしたって音楽はいいものだ。

てかああいうイベント主催したりDJで盛り上げたりするコミュ力が羨ましいってだけ。